西野竜平の脳壊ブログ

無職同然の黒子"西野竜平"の創作物紹介から日常のあれこれまで

自己肯定感は他人から受け取る物だと思う話。

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 どうも、最近自分が何をしたいのかが判らなくなっている西野竜平です。

 

 突然ですが、私には、自己肯定感という物が無いです。

 

「何をやっても下手」

「そんな目標叶う訳がない」

 

 みたいな育て方と環境と自己否定を繰り返す生活を社会人になるまで送っていました。「取柄がない」と芯まで煮込まれ続けた性格になった訳です。

 

 特に悲観している訳ではなく、単純に"自己肯定"が出来ないのはまずいなぁって思う訳です。

 自己暗示みたいに自分を褒めてみたり、友人に見栄を切ってみたりしましたが、「何やってんだろ」って感じで、やはり自分を肯定出来ません。むしろダメージを受けるような始末。

 

 どうすれば自己肯定が出来るようになるのか、このブログで頭を整理してみたいと思います。私と同じような人がいれば、参考にしてもらえると嬉しいです。

 

否定された夢・目標

悩む 男性 著作権フリー

 私は、小学5年生の頃に全校集会での人生目標発表会で

 

 「映画やゲームを作りたい」と言いました。

 

 その目標は当時親や親戚、たくさんの人に否定されました。

 

 ただ、どうしても信じていたい目標だった為、何が必要な事で、何がその中でやりたい事で好きな事なのか。を当時考えました。

 

「映画とゲームには、"音楽" "絵"があれば作れる!」という結論に至り、独学で学習と練習と作品制作を続けてきました。

 

 そして、好きな事をなが~く続けたお陰で、現在は、イラストレーターや音楽講師、パソコン講師などをさせてもらえる事になったのが2016年。少し目標が実った気がします。

 

"何かが出来る"は特別ではない

 今の時代、「イラストレーター」「音楽講師」「パソコン講師」などは、なろうと思えば誰でもなれ、やろうと思えば誰でもやれる時代です。

 

 技術や知識、ソフトウェアにハードウェアなどもネットで調べれば幾らでも出てきて、手に入ってしまう時代ですからね。つまりは、

 

 「絵が描ける!」

 「音楽が作れる!」

 「映像が作れる!」

 

 というのは何の自慢にもならない気がしてならないのです。

 

 

 逆に考えれば、今まで憧れていたステータスの獲得が容易になったという点では素晴らしく、喜ばしい事だとも思います。

 

 しかし、今まで特別だと思っていた技能は、そこまで特別ではないという事に気付かされる現代なのです。

 

自己肯定は他人から受け取る物

 「何かが出来る」は自己肯定では無い、という事を知る訳です。

 

 しかし、「何かが出来る」のお陰で自己肯定を他人から受け取る事が出来ます。

 

 仕事や趣味を通して、

 

 「ありがとう」

 「すごい」

 「いいね」

 

 自己を肯定してくれる嬉しい言葉を掛けてもらえる事で、「あっ、自分は生きてて良いんだな」って肯定する事が出来るのです。

 

 好きな事や好きな趣味、これらは、自分を好きにしてくれる素晴らしい物だと感じます。

 

 「趣味がない」「やりたい事がない」という人は、他人の目からはどれだけ否定されようが「やってみたいから仕方ない」と言い張れる事に取り組む事をオススメしたいです。

 

 「女優と交際したいから演技をやってみたい」

 「甘いものが好きだからお菓子を作ってみたい」

 「感想文を書くのが好きだからライターになりたい」

 

 どんなに小さい好きな事でも、あとで大きく自己肯定をくれる経験になると思います。