西野竜平の脳壊ブログ

無職同然の黒子"西野竜平"の創作物紹介から日常のあれこれまで

「コンプレックスを笑いに変える人」がいるから「イジメ」が起こるのではないか説

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 どうも、おデブだったけどストレスのお陰でまさかの10kg減となった不健康西野竜平です。

 

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イジメは無くならない。

 

 「イジメは無くならない」というのは、本当だと私は思います。

 

 理由の一つとして、学歴や性格から家庭の事情全てバラバラの子どもたちが、「場所が近いから」という理由だけでガッツリ無作為に入れられてしまう事が多いからだと思います。

 

 また、子ども心に自己顕示欲がやはり高いですから、内面性を高めるよりも、他人を落とすマウンティングを取っていく事が楽である。と考える子がいるのも事実だと思います。

 

 さて本題ですが、昔、松本人志さんと中居正広さんがやっていた学園ドラマ「伝説の教師」であった話の中で松本人志さんが

 

 「イジメはなくならん。けどそれを笑いに変えればいいんや!」的な事を言っていたのを今でも覚えています。

 

 私はその言葉を子供ながらに真に受けて、自分のコンプレックスを笑いに変えて今まで生きてきました。そして、全然こちらも楽しく接していたと思っていたのに、実は知らぬ間に心がボロボロになっていたんだなぁと今回の療養で痛感しました。

 

 やはり、傷付くものは傷ついてしまいます。

 

最後に

 

 「コンプレックスをイジる」というのが日本は強い印象です。海外では人の容姿を揶揄するのはご法度というのを良く記事を見ます。しかし、それでも海外もイジメはあるみたいですが、「他人の容姿を揶揄したらいけない」という考え方は、日本は少し薄いのではないのかなと思います。むしろ、「イジッてあげて美味しくしてあげている」という美化になっていないかなぁって思います。

 

 もちろんの事、実際はどうか判りませんし、イジメている子に原因があるのか、イジメられている子に原因があるのか、一概には絶対に言えない事ですので、やはり結論として「イジメはなくならない」と思います。

 

 学校に通う子たちを何かしらの審査で学校を選択させる自由というのも必要なのかなと思ったりします。

 

 また、容姿のコンプレックスで笑いを取れる日本は、少し怖いな、と書いていて思いました。皆さんはどう思うでしょうか。私は皆が皆を敬える社会があったら素敵だなと思います。