西野竜平の脳壊ブログ

弱小イラストレーター兼音楽&PC非常勤講師をしている映画制作志望の黒子の雑多ブログ

人は何故「自分は主人公である」というプレッシャーを掛けるのか

 私には、私の視界から空間や物を判別し、私の耳から音を判別し、私の手で感触を得られます。

 

これらは私の"自我"から得られる私だけの意識や観念を持ち、行動する事が出来ます。

 

 しかし、"自我"は、各個人が保有している感覚で、特別でもあり、普遍なものでもあります。

 

 私が持つ"自我"は他人にはありません。勿論、他人が持つ"自我"は私にはありません。これが特別である理由。

 

 しかし、"自我"という感覚は皆が持っています。これが普遍である理由です。

 

 人は各々"自我"を持ち、全ての人が十人十色であると思います。

 

 全く同じ"自我"を持つ人間が存在したら、私はとても気味が悪く感じます。しかし、人によっては生涯の友として喜悦する人もいるでしょう。

 

 さて、この"自我"という感覚は、時に人の首を絞める感覚であると私は思います。

 

 それは、自分という存在にある"自我"が主観となり、『自分は人生の主人公である』と錯覚する事です。

 

 しかし、私は私の人生を歩み、個人は個人の人生を歩みます。これは"各個人が主人公である"事を体現しているとも思います。

 

 実際に私はよく、『人生をRPGゲームであると仮定して俯瞰で物事を見ましょう』と言う事があります。この考え方については追々記したいと思いますが、今はこの話は後半に置いておきましょう。

 

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 人は『主人公』と聞いて、どの様な像が浮かぶでしょうか。

 

 ・正義

 ・勇敢さ

 ・完璧

 ・強さ

 ・結果を収める

 

 物語の題材によっては主人公が悪であったり、上記の要素とは逆であったりする場合もありますが、基本的にはこの様な主人公がオーソドックスであると思います。

 

 では、"自我"からもたらされる『自分は人生の主人公である』という錯覚と、主人公と聞いて浮かぶ上記の要素がイコールであると認識した場合、人はこの虚像によって苦しめられる事があるかと思います。

 

 ・自分自身の過ちを認められない。また、自分自身を許せない。

 ・『主人公だから自分は大丈夫』という根拠のない過信による現実と理想の乖離。

 ・特別であるというプレッシャーと完璧主義による脅迫観念。

 ・人生の壁に対処が出来なかった時の不必要な不甲斐なさによる負の感情。

 ・軌跡にある結果の無さ。また少なさ。

 

 これらの不必要な傷や枷を自分で自身に負わせかねないと思います。

 

 人によっては、成長する糧や目標として意義ある考え方だとも思います。

 

 しかし、個人という存在は特別ではありますが、メディアやコンテンツが作り上げる"主人公"の特別さを追い求める事は、大変心が重たくなると思います。

 

 そこで、私は、『自分は人生の脇役である』という錯覚を提案したいと思います。

 

 主人公という大役による不必要なプレッシャーによって、自分が苦しめるのであれば、壇上の脇へ行き、別の人の人生を彩る"脇役"になれば回避する事が出来ます。

 

 『人生をRPGゲームであると仮定して俯瞰で物事を見ましょう』と前述しましたが、これは時折、自分自身を主人公に置いたり、自分自身を村人Aに置いたり、自分自身を魔王に置いたりして物事を俯瞰で捉える考え方です。最近よく耳にする"人生RPG論"とは少し違うと思います。

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 この私なりの"人生RPG論"の全体内容は少し長くなるので割愛させて頂きます。

 

 今回は、自分自身を"脇役"と"村人A"として見た場合のRPGを想定します。

 

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 主人公が魔王討伐という旅に出ます。脇役は主人公の目標達成の為にどんなサポートが出来るでしょうか。

 

 ・回復やレクレーションによる癒し。

 ・攻撃力・防御力・賢さなどのステータスを向上させる補助魔法の使用。

 ・共に鍛錬し、相互強化。

 

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 次に主人公が魔王討伐という旅に出ます。村人Aは主人公の目標達成の為にどんなサポートが出来るでしょうか。

 

 ・通れなかった道を通す。また近道や役立つアイテムの在り処を教える。

 ・宿屋や憩いの場などでの回復。

 ・攻撃力・防御力・賢さなどのステータスを向上させる武器や防具の販売。

 

 こういった"脇役"や"村人A"の役割は、RPGでは必然的に通らないといけないイベントである場合が多いです。

 

 こうした各個人の役割を経て、主人公は魔王討伐の目標を完遂する事が出来ます。

 

 魔王討伐をする主人公になりたい人は大勢いると思います。

 

 人から称賛され、名誉を与えられ、大勢に認められ、憧れを持たれたり、大金を得たり。

 

 しかし、主人公が魔王を討伐出来たのは"脇役"や"村人A"がいた事が前提にあります。

 

 主人公が得た喜びと自分の喜びの大きさを比べる事を止め、たとえ小さな喜びであっても、それが大きな喜びである。と錯覚する事が人生を豊かにすると考えます。

 

 小さな喜びを大きな喜びと感じれば、"自我"で感じられる喜びの多さは、主人公に勝っていると思います。

 

 豊かでゆとりのある幸せな人生を送る為に、必要以上のプレッシャーは心身にとって時にマイナスである事もあると思います。

 

 この記事によって、もしも誰かの脇役になれたら、私はとても幸せです。

 

 

 

 拙い文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。