西野竜平の脳壊ブログ

弱小イラストレーター兼音楽&PC非常勤講師をしている映画制作志望の黒子の雑多ブログ

"嫌われる勇気"も大切だけど、そもそも"嫌われてる人に好かれる必要性が全くない"件について

 うんこ味のカレーか、カレー味のうんこか?と聞かれて、「うんこ食べる人なんているんかな」って思っちゃうにしのです。

 

 岸見一郎さんと古賀史健さんの共作本「嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え」という本があります。

 

 読んでません。

 

 ブログに書くからという事で読んだりしてません。

なのでタイトルだけで想像します。

 

 「嫌われる勇気」はとても大事だと思います。

 人の目を気にして、自分を押し潰したり、しまっちゃうおじさんにしまわれたりする様な事は、自分を大切にできなくなってしまいますし、ただただ自分が苦しむだけになる事が多いと思います。

 なので、嫌われても良いから、自分が練りに練った作戦や計画などの信じる道や行動を取るという事が大事だと思います。

 

 それに、その行動の末に誰かしらから嫌われたとしても、別に構わないんじゃないでしょうか?

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 親友や友達、知人、家族とかって、皆さんちゃんといますでしょうし、友達や知人という関係の人間が1人2人減っても、椅子取りゲームみたいなもので、そこに座ってもらえる人が出てきます。

 

 人間同士の関係では相性というのがありますので、"なりたての友達"="お試し期間中の存在"だと思っています。お試し期間中の友達と相性が合えば "親友"、合わなかったら "他人"。ただただそれだけだと思います。

 

 どっかの会社に入社してみて「うわーっブラック企業だったー逃げろー!」と一緒だと思います。

 

 その他人となった、お試し期間中の友達から嫌われるというのは、逆にとてもラッキーな事ではないでしょうか?

 だって相性が悪い人間と仕事以外で付き合う必要性は無いのですから。それに、こちらから「もう付き合えません」「絶交しませんか?」とか言わなくていいんですから。

 

 誰彼構わず愛されたいという承認欲求やナルシシズムはよく理解できますが、"嫌われる"というマイナスイメージは、実は自身にとって"プラス"である事もある。という事を頭の片隅に入れておけば、もっとゆったりと生きられるのではないでしょうか。